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065 2006.5.8 物を大切にする心は、人を大切にする心だ

安い時給で働き、その報酬で豊富に物品を買い漁り、捨てる。米を捨てる。缶詰の賞味期限が1日過ぎたと捨てる。油が、塩が、調味料が、キャンプ用のテントが封も切らずに捨てられる。鍋釜、ポット、フライパンに西洋皿、どんぶり、ガラス器、花瓶、仏具から、衣類まで、よくもこう捨てるものがあるものだと感心する。全集、辞書、辞典、事典、字典、写真集、マンガ、雑誌から、参考書まで書籍や教科書まで印刷物は、ジャンルを問わず捨てられる。

 若い夫婦は、共稼ぎだ。子供は、全て年齢を問わず鍵っ子が多い。

 子供達は、寂しがりやで安心な人間には人なつっこく、まとわりつく、しかし、うっかり、この寂しがりやの子供たちを抱き締めたり頭を撫でたり体に触ったりは出来ない。うっかり、女児を抱き締めたりしようものなら、

「あのおじさん、いやらしいことするのよ」

等と、訴えられかねない。僕は、子供たちに、

「おじさんの見えるところで遊びなさい」

と、いつも、汗で薄汚れた登山帽子をかぶっている。帽子を代えることはない。

 取替えると子供達が遠くから僕を識別できないからだ。

 物騒な世の中だ、抵抗の出来ない子供を力づくで誘拐したりビルの高所から投げ捨てたり、殺したりする犯罪の様相を報道や新聞、雑誌記事を見るにつけ、神も仏もあるものかと絶望感に襲われる。どうすれば、こんなことが起きるのだろうか。過酷な罰を与えない限り、見せしめをしない限り終わらないだろうか。子供は、自分の孫も他人の子供も可愛い。僕は、戦争のために5歳のときに一人、疎開をさせられた。

 東京から500キロも離れた関西の地は、東京育ちで過保護に育てられた僕にとっては、着ること、食べること、起きる事、寝ること、全て始めての経験であり、過酷な日々だった。その地の子供達は、言葉が違う、着るものが違うと僕を苛めた。

 過酷な日々を耐え、季節に耐え、地域に耐え、戦争の時代を耐えて今がある。だから、この鍵っ子たちを優しく見守ることが出来るのかもしれない。子供たちと別れるときが来て、幼い子らは、

「行かないで欲しい。ここに居て。何故、行ってしまうの」

 と、涙をこぼしながら哀願した。僕は、君たちが大きくなって、もしかしたら、僕と同じ経験をして子供たちと別れなければなくなるときが来たら、あのお爺さんが去っていった理由が解るかもしれないな、と、思っていた。子供たちが、大人を怪しい輩と思わなくてもいい時代が早く来て欲しいものだ。そして、人にも物にも優しい子供たちに育って欲しいと強く願うのである。

   日出太の下手な綴方・詩作・もろもろのエッセイ目次
  トップ頁 作成:2013/10/12 (土) 17:00:16/修正:2013/10/12 (土) 17:50:54