n大石芳野全仕事
カメラを肩に見た世界
 それは、喜怒哀楽と共に私の心を捉えた
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大石芳野フォト・ドキュメント愛しのニューギニア」 
NO 年月日 タイトル 出版社 価格 ISDN 寸法 備考
23 1997.03.25
1997.05.01
活気あふれて 長い戦争のあと 1刷
活気あふれて 長い戦争のあと 3刷
草土文化
\2,500

4-00-022358-5 C0036
256×193×11
●ある情熱の記録 日本映像記録センター 豊臣 靖
 私が大石芳野さんにお会いしたとき、彼女は二度目のニューギニア原始境ゆきの準備をしていた。
 当時のニューギニア僻地は、男も怯む悪疫瘴癘(あくえきしょうれい)の地。「一度ゆけばたくさんではないか」と私は聞いた。すると彼女は、熱っぽく答えた。
 「あそこには、私がいるんです。私の故郷がある。私はそれを確かめたい」
 そのころ私は、東ニューギニア完全縦断と、大イリアン探検が終わったばかりだったので、話は燃えた。
 その後私は、彼女の個展『パパニー』を拝見した。これは、一黒人の少年を被写体にして、個人と文明とを考えた作品群であった。
 そして更に、日本の女の業や妖を追求した、美しくて哀しい写真集をいただいた。そして私は、それら三つの世界が、あまりにも異なっているのに驚いたのであった。
 ニューギニア≠ノは、記録者としての大石芳野が、東京、ロンドン、ガーナと異文明の三地域を舞台にした 『パパニー』 には、思索者としての大石芳野が、そして、情念に生きる娼婦を通して日本の女の花を描いた映像には、たおやかな女の、したたかな美学がある。いったいこの人は、この三つの異なった世界を、どう交流させ、昇華させるのだろうか。私は興味深く見守ってきた。
 そして今、私が思うのは、この人は内的世界の猛烈な探究者ではなかろうか、ということである。ニューギニアの記録も、異文明の交流への思索も、女の業の追求も、結局はそれらを自分の鏡として、ぎりぎりの地点より、自分の内在するものを発掘し、透視し、検証しょうということにほかならない、と思うのである。
 そういう意味で、三度にわたるニューギニアゆきも、一つの原点から湧きいで、そして空間と時間をこえて、一つの結晶体に収斂する、ある情熱の軌跡といえよう。(日本映像記録センター 豊臣 靖)
No タイトル 写真枚数 掲載頁 備考
01 ニューギニアとの熟き出会い 大石芳野 4 書き掛け項目
02 ニューギニアの人と自然  6
03 ある情熱の記録 日本映像記録センター 豊臣 靖 8
04 ●カラー・心優しき高地民 28 9
05 こんにちはクカクカ族     1 33
06 美人ぞろいのメニヤ村
3 34ー38
07 あなたは、ほんとうに女なのか       11 39ー46
08 シノの誕生 9 47ー57
09 ロバの妹になった私   12 58ー66
10 小さなハンターたち 7 67ー72
11 早から塩を作る 8 73ー80
12 死んだ人間が淋しくないように
13 コスモスの咲くマラワカ村
14 ●カラー・勇ましき戦士たち
15 97
15 ジャングルに歌う
1 113
16 マーティンとの再会
5 114ー119
17 腰ミノの母とジーンズの息子
8 120ー127
18 勇者をしのぶ豚肉の儀式
7 128-132
19 果てしなく続くジャングル 5 133ー138
20 ヘア族の前だれ 10 139ー146
21 仲よく暮らす四人の妻
6 147ー152
22 吊り橋を渡ってアイアネ村へ
4 153ー156
23 心の掟 5 157ー161
24 山々に響く青年の歌声
7 162ー167
 
装丁:井上義郎/表紙・写真・文:大石芳野/目次カット:おおば此呂司/図版:そのスタジオ-松岡達英・山田陽一