n大石芳野全仕事
カメラを肩に見た世界
 それは、喜怒哀楽と共に私の心を捉えた
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大石芳野フォト・ドキュメントパプア人・いま石器時代に生きる」 パプアニューギニア全図
NO 年月日 タイトル 出版社 価格 ISDN 寸法 備考
6 1981.03.20 パプア人・いま石器時代に生きる 平凡社 \6,800 271×203×30
 
●序  岡 正雄(民俗学者)〜著書より抜粋
 現在,急速に変容し,解体しつつある民族文化をそこに生存する人々の表情・身振りをとおして全体的な雰囲気を把え,描写するため,映像人類学の必要性が切実に問われている。
 単身ニューギニア高地に赴き,原地の人々との生活をつうじて大石芳野さんが見つめ,その生を把えようとした瞬間,瞬間は,この写真集をとおして私どもに直接的に伝わってくる。生活舞台であるニューギニア高原の光景,集落のあり方や,畑へつながる小道,タロ芋耕作の模様や塩の製作工程,家の構築の様子,家の内部での炉を囲む家族の表情,高原で無心に遊ぶ子供達・・・・。中でも私が感動を覚えたのは,産屋内部で行われた厳粛な生命生誕の瞬間であり,死に直面した老女の表情であった。これらの光景は女性でなければ撮ることを許されなかったことだろうし,女性でなければ,このような優しい共感をこめた作品にならなかったことであろう。
 私はアジア大陸の東縁に位置する日本列島を舞台にして展開された民族文化の起源・系統・発展の問題について,日本民族は,石器時代少なくとも新石器時代,いわゆる縄文式文化の創初以来,すでに日本人としてこの日本列島に居住し,すべての石器時代文化を創造し,これを担い発展させてきたと考える進化主義的な立場を批判し,日本民族を形成されたものとして把えんとする立場,すなわち石器時代以来,いくつかの異質文化を持った民族,あるいは種族が日本島に渡来し・・・・・・・
●取材を終えてより 大石芳野〜著書より抜粋
 ジャングルで野宿した私たち6人は,次の目的地の村に向けて歩き出した。私とポーター4人,それに部族語と英語が分る通訳の少年という構成である。
 朝,まだあたりは薄暗い。早く出発しないとまた野宿をしなければならない。私たちは道を急いだ。
 山道は険しい。セスナ機で5分で行けるところも,歩けばまる1日はかかってしまう。それほどジャングルは深い。縦列で歩く間隔も,数メートルあけるともう前を行く男たちの姿を見失う。いたるところに樹木の根が地表にはり出していて,油断するとたちまち足をとられてしまう。おまけに倒れた大木の根は苔むして,つるつる滑って歩きにくいことおびただしい。熱帯の樹木は,見かけの太さのわりには意外にもろく,突然倒れかかってくる。ジャングルの怖さの一つだ。
 ポーターたちはいともたやすく,急な斜面だろうが,丸木の上 だろうがするするとのぼったり降りたり,私の短かい足,重い体ではついて行くのも一苦労だ。
 しばしば小休止をすると,彼らは立ち止まって手を貸してくれたり,後から押してくれる。彼らの足には吸盤でもついているのだろうか,まるでサーカスを見るような軽やかさだ。さすがはジャングルに住む民族だ。私が高地の村々を尋ねてまわれたのも,こうした青年たちの心優しい協力があったからである。もし彼らがいなかったら,とうていこのような取材は出来なかったと思う。
No タイトル 写真枚数 掲載頁 備考
01 序 (岡正雄) 6-8 【民俗学者】
02 パプア・ニューギニアの文化(アンドルウ・ストラーサン)  10-38 【社会人類学者・ロンドン大学】
03 ニョーギニア地図 39
04 ●カラー・心優しき高地民 37 41ー200
05 取材を終えて 6 204-217
06 後記
219
Wikipediaより カスカス=クスクスサツマイモタロイモパプアニューギニア独立国ニューギニア人/メラネシア人マレー人パプア人ネグリト人ポリネシア人シン族/クカクカ族メニャ村/パンダナスの葉セピック川流域パールバック・大地フクロモモンガ古事記豊玉姫メラネシアンアート/主都ポートモレスビーパプア湾有袋類
関根岳是=團伊玖磨世界植物図鑑より ショウガスイレンサツマイモ
装丁・レイアウト:木幡朋介、ジオルジオ・ムナーリ/写真・文:大石芳野