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大石芳野フォト&エッセイ「闘った人びと ベトナム戦争を過ぎて
NO 年月日 タイトル 出版社 価格 ISDN 寸法 備考
13 1988.10.15 闘った人びと・ベトナム戦争を過ぎて 講談社 \500 4-06-184310-9 C0195 148×106×14 単行本
 ベトナムの人びとと付き合い、話を聞〈なかで、私は改めて痛感したことがある。
 それは、戦争は銃弾だけが怖いのではない、ということだ。
 戦争が過ぎて、十三年たった。にもかかわらず、戦争の後遺症はあとを絶たない。
 私はこれまでに毎年一度は訪れているが、その度にいまなお残る戟争の傷の深さに暗澹とした思いになる。
 とりわけ枯葉剤・ダイオキシンの被害である。いたいけな子供たちは、ダイオキシンの猛毒に容赦なく襲われ続けている。
 いったん蝕ばまれたからだは、次の世代をも脅かしているということの証しであるかのように、その被害は深く静かに広がっている。
(大石芳野あとがきより抜粋)
 この92編の文章と写真の中に凝縮された事象は、何なのだろう。
 戦争と言う人が行使する悪魔的諸行が勝者の一方的に正当化した喧伝で第三者には、それが正道として理解されて歴史は過ぎ去って行く。
 大石芳野の思考はレンズを通して冷徹にそれを捉えていく。今から、半世紀前の出来事だが決して昔のことではない。
 未だに、あちこちで似たことが起きている。そしてこの時代だったら、情報も経済も、諸々の事も、多国の事と無関心でいられた時代だったが、現在ではどこかの国で何かが起これば、あちこちに飛び火して多くの悲惨な出来事が起きる。
 報道写真家として、戦後のベトナムに入国し、人々と生活を共にして、冷徹にカメラを向ける度胸には誰もが真似られなかっただろうだろう。
 瞬間の被写体の細部や瞬間の動きを的確にフィルム面に写し取っていることに感激や感動を超越し見る、読む者の胸を熱くする。
 深い脳の襞の奥底からの指令が何百分の一秒でシャッターボタンを押し、そのワンシーンから未来を予言し、愚かなことを繰り返すなと警鐘を鳴らし続ける。
 未来を見通す先見性とその事象が起こすであろう諸々の結果をも見通す。アメリカ軍によって雨のように散布された枯葉剤が、大地を汚染し、植物を枯死させ、直接間接に人体を蝕む、敵も味方もダイオキシンの後遺症で目を背けたくなるような結果、現実が今もある。
 恐らく、この時代にこのような写真と文章を著して、迫害もされたであろう。なのに、半世紀の間、訴え続けたこの1冊の素晴らしい92編の文章とカット写真を、読んだものが次々と、次の世代に継承しなければならないと強く思うのである。万言を費やすよりこの1冊を手に取る勇気を持って欲しいのである。(早崎日出太)
 
No タイトル 写真・文章の内容 掲載頁 写真掲載 特記事項
はじめに 書掛け項目
弟一章 枯葉剤の恐怖 19 1
01 一夜にして白骨化した村 21 1
02 1グラムで二万人を殺す猛毒ダイオキシン 22
03 両足の曲がったグックさん 25
04 雨のような枯れ葉剤を浴びて 28 1
05 「サルの子」を産んだ母 31 1
06 女性科学者・ランさんの孤独な闘い 37
07 「北」まで拡がる「枯葉剤」の影響 40 1
08 全盲の姉妹 41
09 無心に成長する二重胎児のベトちゃんドクちゃん 46
10 稲の稔らないたんぼ 50 1
弟二章 マダ−の森 55 1
11 「人口雨作戦」というアメリカのウソ 57 図1
12 面影を失ったマダーの森 60 1
13 植えるそばから枯れていく森 64
14 ひそかにゲリラを助ける村人たち 66
15 ロットさんお闘い 68
16 素手で闘った人びと 72
17 「南」のコーヒー」・「北」のコーヒー 77
18 全ての財産を提供した老人 79 1
弟三章 地獄の島ーコンソン島 83 1
19 地獄の島々から生きて帰った男 85
20 口を割るまで続く死の拷問 87
21 十六年館の拷問に耐え抜いたスンさん 89
22 陽気なダイさんのかくされた過去 93
23 「北」と「南」に別れた夫婦 95
24 体の外に傷跡を残さないアメリカ式拷問 96
25 二十年ぶりの夫婦再会 98 1
26 やさしくし、なやかな闘士たち 102
27 人間とは思えない拷問の数々ーイーさんの場合 102
28 ついに、悪魔の島へ 106
29 消えぬ後遺症ーティエットさんの場合 109
30 トラの檻に入れられて・・・ 112
31 二十一年振りの夫婦再会ーモンさんの場合 116
32 いまも残るさまざまな傷跡 119
33 監獄に送られた市長さん 121
34 監獄長を父に持った娘 124 1
弟四章 村民たちの闘い 127 1
35 忘れられない一枚の写真 129
36 メコン河デルタ地帯を行く 131
37 「一斉蜂起の村」 135
38 昼間は「敵」、夜は味方の村長さん 138
39 解放軍を支えた無名の人々 140
40 日々実りつつある「お婆さんのマンゴー」 142
41 村人たちの闘いの「知恵」 145
42 子供たちも立派な見張り役 147
43 仲よし兄妹の活躍 148
44 敵をあざむいて基地に出入り 150
45 小学校にナパーム弾が落された 153
46 小さな村で戦死者の数は三千名 155 1
47 たわわに実る果樹の「楽園」 158 1
弟五章 サイゴンの戦い 163 1
48 全長二百キロに及ぶクチーのトンネル 165
49 人民の知恵が生んだトンネルの秘密 168 1
50 サイゴン軍司令部のまん前に在った秘密のアジト 170
51 一般市民の中にとけこんだ都市ゲリラ 172 1
52 その後の元サイゴン政府軍兵士 174
53 新経済区で弟二の人生を・・・・ 176
弟六章 廃墟のあとに残されたもの ―売春婦・孤児はいま― 179 1
54 元売春婦たちのその後 181 1
55 「指導者として、女として・・・・」 184
56 十一歳で売春を強要された少女 186 1
57 沖縄を思い起こさせるベトナムの「混血児」たち 190
58 父は妻子を捨ててアメリカに帰った 192 1
59 “アメリカ”に寄せる見果てぬ夢 194
60 「貧しさ」よりも「富」を求めて 198 1
61 様々な旅立ちの日 201 1
弟七章 「十七度線」を越えて  205 1
62 アメリカの流行歌が流れる街 207
63 美人とアオザイの古都・フエ 209
64 「北」をみつめる少女 210 1
65 いま、ペンハイ川を越えて 213 1
66 村を守る老婆 216
67 軍艦に体当たりして、島を守った漁民たち 218 1
弟八章 「北」の人々 ―旧日本軍・抗仏・北爆の四十年― 225 1
68 ベトナム人に間違われる 227
69 忘れられぬ「北爆」の日  230
70 命中するときに逃げ出した米軍パイロット 232
71 恐怖の旧日本軍「麻作戦」 236 1
72 社会主義でも収入は別 241
73 「人間を育て、木や花を植える」 244
74 カイライ皇帝をからかった小学生 248
75 施しよりも飢えを選ぶ村人たち 248
76 一週間にして二千キロのレールが消えた 252
77 老戦士クイさんの抗仏戦争 255
弟九章 中越国境の町 259 1
78 中越戦争の地、カオパンへ 261
79 雲霞のごとき中国軍の群 262 1
80 ここにも無辜の民の犠牲者が・・・ 266
81 ゴースト・タウンと化した国境の町 268
82 泣きながら闘った「敵」の兵士 270
83 さい果てのキリスト教徒兵士 272
84 国境沿いの少数民俗・ヌン族 274
弟十章 社会主義体制下に生きる信仰 277 1
85 マリア様と共に生きる人々 279
86 ベトナム民衆にみる”したたかさ” 281 1
87 民間信仰コン・ミン・コンの伝統 285
88 意外と多い女性僧侶 287 1
終章 元留学生はいま―  ―十年後のベトナム戦争― 291 1
89 廃墟の祖国に帰った留学生 293
90 理想と現実の落差にむかえられて 296
91 個人と社会のつながりの強さというもの 299
92 灰色の空に咲く桃の花−十年後のテト風景 300 1
おわりに 310
文庫版あとがき 313
 べトナムダイオキシン枯葉剤サイゴン(旧名・現ホーチミン市)/二重胎児人工雨作戦アメリカ式拷問ウォーターボーッディング)/メコン河デルタ地帯解放軍コーヒーテト攻撃マンゴーナパーム弾サイゴンアメリカ軍司令部アオザイベンハイ川/本軍の「麻作戦」/カオパン抗仏戦争/キリスト教ヌン族/マリア民間信仰コン・ミン・コン/ベトナム戦争における枯葉剤ベトナムの民族
 Wikipediaより大石芳野の著作に見る言葉
 カンボジアアンコール・ワットポル・ポト時代クメール・ルージュカンボジア内戦シアヌーク殿下

 ミャンマーポーランドマニラニューギニアタイリトアニア沖縄モスクワ讃岐タシケントテヘラン
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装丁:鈴木成一/カバー・本文写真:大石芳野/印刷:図書印刷